
伝性疾患について。
父母、祖父母、総祖父母…
受け継がれる血統は尊く、延々と先祖から続いた遺伝によって誕生した訳ですからブリーディングを考えるに当たり最も重要視すべき事柄と言えるでしょう。
ブリーディングを行うには数多くの成すべき事柄があり、持つべきポリシーがあり、学ぶべき事項があり、守るべき約束事があることは十分承知した上で敢えて問います。
ブリーダーとは、何を最も重んじるべきと考えますか?
・レベル(スタンダードに沿った犬質)の向上を目指す。
・純血種の維持。(mix犬は作らない)
・新しい犬種の創造。(上記と反しますが)
・その他。
私が最も重んじるべきと考えることは、健康な種を産み育ませることと考えております。
可能な限り頑健で長命な個体を作り上げることです。
出来ることならば犬種を変えることなく。
それには、まず遺伝性疾患を排除することだと思っております。
管理と検査をしっかりと行うだけで主要な遺伝性疾患を無くす事が可能だと確信しているからです。
遺伝性疾患とは、遺伝子変異(何らかの原因によって遺伝子が変化してしまうこと)によって発症する病のことです。
単一遺伝子病(1つの遺伝子変異による)、ミトコンドリア遺伝病(母性遺伝病)、多因子遺伝性疾患(複数の遺伝子や環境による原因)、染色体異常症(染色体の数や変化による原因)等に分れます。
又、親(先祖)の持っている遺伝子の変異や染色体の異常が全ての発症原因ではなく、成長する過程(精子や卵子の発生から受精、成長による細胞の増加等)に於いて遺伝子や染色体に異常が起こり発生し病気が発症するケースもあります。
私が無くすべきと考える遺伝性疾患は親(先祖)が持っており、遺伝として子々孫々に受け継がれる可能性の高い、疾病を引き起こす遺伝子のことを意味します。
犬には約400以上(人間で4,000種以上)の遺伝性疾患の種類が有るそうですが、近年広く知られ研究が成されているものに膝蓋骨脱臼、股関節形成不全(Canine Hip Dysplasia CHD)、肘関節形成不全(Elbow Dysplasia)、セロイドリポフスチン(CL)症、進行性網膜萎縮(Generalised Progressive Retinal Atrophy GPRA)、コリー眼異常(CEA)、甲状腺機能低下症、脂腺炎、癲癇(Epilepsy)、遺伝性皮脂腺炎(SA)、巨大食道症、フォンウィルブラント病(vWD)、レッグペルテス病、遺伝性の心臓病、難聴、視覚障害等があります。
日本でも「特定非営利活動法人日本動物遺伝病ネットワーク」が発足し、「膝蓋骨脱臼、股関節形成不全、肘関節形成不全」に関しては診断・登録をされております。
犬は他の種族に比べ人の手であろうとも多くの犬種(セントバーナード、柴犬、チワワ、ダックスフンド、チャイニーズクレステッド…)に分れております。
これはブリーダーが各犬種の優れた点を伸ばそうと、優勢な子を選択し、近親交配等により血統の固定化を進めた結果です。
先人達の努力により、他の動物にはない程多岐に渡る品種が増えました。
しかしながら近親同士を交配に使うなど品種の固定化の為に少ない血統により繁殖を繰り返した結果、犬種特有(先祖が持っていた遺伝性疾患)の遺伝性疾患が蔓延することにもなりました。
一例として、先年日本ではラブラドールレトリバーが大流行し飼育頭数が増えました。
ラブラドールレトリバーと名乗るワンコならば高額で取引された結果、遺伝性疾患を持つ親犬までもが輸入され、それから遺伝性疾患が広まってしまったと考えられます。
この数年間で国内にも遺伝性疾患(特に股関節形成不全、肘関節形成不全、PRA等)に関して注目する方々も増えました。
何の咎もないワンコが突如歩行に困難を生じたり、目が見えなくなってしまうのですから愛犬家にとっては青天の霹靂。
しかも現在でも根本的な治療は難しい…
ただし、遺伝性疾患は防ぐ事が至極簡単です。
遺伝性疾患を持った親犬をブリーディングに使わなければ良いだけの話なのですから。
ある種の遺伝性疾患であるなら国内外の検査機関で比較的容易に調べることも可能です。
血統の登録が成され一部ですが遺伝性疾患の血統が分かる機関もございます。
万一、ブリーディングの結果遺伝性疾患と分かる仔犬が産まれてしまったらその血統はブリーディングから排除すれば良いだけのことです。
私個人の意見ですが、ダップル班(ダックスフンドやシェットランドシープドッグ等にあるコートカラーの一種)やパイボールド(ダルメシアンやダックスフンド等にあるコートカラーの一種)はブリーディングに使うべきではないと考えております。
そうなりますと、ダルメシアンは犬種として絶滅してしまうことやダップル/ブルーマールの美しいコートカラーを見る事が出来なくなることも承知しています。
ただ、ダップルやパイボールドに高い可能性で発生する難聴・盲目を伴う視聴覚障害、内臓疾患等の遺伝性疾患を見逃すことは人間のエゴと認識するからです。
パグ脳炎も治療法のない悲惨な病として、遺伝性疾患の可能性も有りますので、発症した血統は全てブリーディングラインから外すべきと信じております。
ところが、大枚を払い購入したドッグショーなどで上位入賞を狙える質の高い種牡(交配を担当させる牡犬の別称)や台牝(出産を任せる牝犬の別称)に、この様に遺伝性疾患が現れたとしても致死遺伝子や表だった奇形が産まれる訳でもないとの言い訳を点けて繁殖に使ってしまうブリーダーが多くおります。
知識も無く、もしくは我が家の子は大丈夫だろうと安易に考え繁殖に使った結果、子々孫々まで伝わってしまう可能性の高い遺伝性疾患を広げてしまうことは、ブリーダーとしての罪であると私は思います。
かくいう私もお恥ずかしながら遺伝性疾患について大部分を承知しておりません。
どの様な病名で、いかなる症状が現れ、どの様になるのか。
治療法は如何に…
ブリーダーを勤めていく限りは、知識を増やし、排除すべき遺伝性疾患を理解するつもりです。
持っている知識を伝える為に告知・啓蒙し、少しでも多くのブリーダーに理解してもらえるよう努力を怠らぬつもりです。
遺伝性疾患を持つ子を差別し排除するなどとは毛頭考えておりません。
遺伝性疾患は感染する病気ではありません。
今ある命は大切にするべきです。
ただ、遺伝性疾患の遺伝子を持つ子は赤ちゃんを作ってはいけないと論じているのです。
しかしこれば、優生思想と呼ばれる「障害の有無や人種等を基準に人の優劣を定め、優秀な者にのみ存在価値を認める」とする優生学と通じるところも廃しきれぬところもあります。
命を作り出すブリーダーとしては、第三者との意見が違うことを承知しながらも、独善的であろうと自己の信じる考え方を全うする強いポリシーも必要な気が致します。
掛け替えのない命を紡ぐ仕事をしているのですから。
※社団法人ジャパンケンネルクラブ(JKC)では所有者(ワンコのオーナー)希望にて、特定非営利活動法人日本動物遺伝病ネットワーク (JAHD)による股関節形成不全症/HD(2006年4月~)と肘関節異形成症/ED(2006年7月~)の評価結果を血統証明書に記載しています。
極近親{親子・兄妹姉弟(異父・異母を含む)}繁殖はJKCの「許可制」となっており、許可がないブリーディングを行った場合は血統書の発効が認められません。
近親交配は優れた犬質を維持・継続させる為に行うのですが、奇形児が生まれやすく、骨格や身体が小さくなったり、遺伝性疾患、欠歯、内臓疾患、陰睾丸等が発生しやすくなる近親交配を行うべきではないと考えます。
又、遺伝学的に解明されていないはずですが、JKCでも「臆病及び獰猛な性格を有する犬の子犬は性格が親犬に似るので注意が必要です。性格は非常に遺伝力が強く出現します。」と穏やかでない性格の親からのブリーディングは慎むよう言われております。
私達も実経験から、仔犬は特に母犬の性格を受け継ぎやすいと感じております。